毅のイタリア研修同行記
 
1‥‥モノローグ と 表紙


イタリア研修同行記の前に…

ツヨシです。 中日本さんとのお付き合いも4回目になりました。オイラのこと ちょっと紹介させて下さい。

…普段は、秋田県のイタリア市に 両親と住んでいます。米とタバコを 作っています。
 この時期だけ、イタリアへ出稼ぎ(?)に行きます。 去年で、ン十歳になりました。
 少しだけ若い学生さんと、1ヶ月寝起きを共にすると、元気をもらえます。
 今年も楽しい研修になるよう お手伝いします。 声援して下さい。

イタリア(語)との出会いは…
カートが好きで、東京のカートショップで働いていました。 商談やレースでイタリアに出かけましたが、親しくなったレーサーなんかと 膝を割って話をしたいと思って、勤めを辞めて、ローマで語学学校に行きました。
後は、根性と熱意があれば、話は通じます。

中日本との出会いは…
2000年7月、八郎潟の堤防道路で開催されたソーラーカーレースに、フェラーリ校のサーラ先生が 中日本のチームと参加されることになりました。 通訳のボランティア登録をしてあったのが縁で、4日間の大会を 西側先生や伊藤さんと 一緒に乗り切りました。  (右は打ち合わせのときのスナップ)
出走を前に 最終打ち合わせ


   
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